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炎の蜃気楼27 怨讐の門(黄壌編) 感想

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結界を護る者・高野山、壊す者・山神、転換させる者・赤鯨衆。

それぞれの立ち位置がハッキリしてきて、第三部も大詰め。その一方で、上杉景虎という正体が赤鯨衆に知られて高耶さんの立場がどうなるのか、そして直江は?

…みたいな巻。

 

表紙

 

リアタイで買ったとき、本当に本当に買いにくかったことを覚えています…この表紙。

直江袈裟きてる。高耶さんはハダカ。

 

あらすじ

 ミホの襲撃を退けた後、高耶と白装束の遍路は、四万十川の川岸までやって来ていた。弘法大師空海を殺したという遍路から、高耶は<山神>や<裏四国>に関する衝撃的な事実を聞いた。霊場結界が消滅すると、四国に天変地異が起こるというのだ。牛鬼たちを引きとめ、結界の破壊をやめさせようとする高耶だったが、ミホの鉈に塗られていた毒が体に回りはじめ……!? 

 

印象に残ったシーン

P107 直江&高耶

何も言わずに口づけてくる。言葉ではなく。

襟の合わせ目に手を滑り込ませ、少しずつ勢いを増しながら数を重ね、首筋に赤い斑点を残していく。ほんの少し首を振っただけで。高耶のあらがいも止んでしまった。熱い雨が胸を濡らしていくのを感じながら、もがくこともせず、高耶はただじっと受けとめ続けた。

アレコレあれども怨讐の門での二人の関係には、つかの間癒されます。

このとき高耶さん、ミホに襲われたあと回復しきってないのにこんなに即・致していいの?!って思ったけど…

直江への想いをモノローグではふんだんに語る高耶さんと、モノローグでも本人にも他の人にも、ところ構わず表現するゆるぎない直江。信頼し合い、愛し合ってるこの関係性。

 

P112 嶺次郎

「それはのう、何が何でも訂正したいちゅう一念が燃える時じゃ。生前を、なんて大雑把なもんではない。昨日の自分を、じゃ。昨日おのれが表現したものを、あれは違う、と訂正したいからだ。これがいま一番ええ思うちょるもんじゃ、と何が何でも表現したいき戦うてきた」

一生とはその積み重ねだったのではないか。と嶺次郎は言う。

崖の上の城址に吹く、澄んだ風を胸いっぱい吸い込んで、赤く焼ける東の空を見つめる。

「のう。限界だの宿命だの、そんなもんはどうでもええ。昨日の自分を何が何でも訂正せねばならんっちゅう時、余計なことなんぞ考えるか?訂正の一念もなく表現したもんは死んじょるんじゃ。昨日の自分より今日の自分が劣ると感じる時ほど悔しいことはない」

なんか嶺次郎の言葉って、年をとるごとに深く響くんですよねぇ。直江と高耶の主人公二人は言わずもがななんですが、生きるってなんだ…みたいなことを、嶺次郎の言葉には考えさせられてはっとします。

 

昨日の自分より今日の自分が劣ると感じる時ほど悔しいことはない。

思えばそれが生きるということ…なのかも。

 

P198 安田長秀

「二年分の礼にしちゃ上出来だぜ、直江。おまえがそうやって上杉放り出して、当たり前みてーに景虎守ってやがんのが、嬉しすぎて無性にムカつくなァッ!」

「……おまえはッ」

「てめえが呑気に死んでる間、そこの大将の面倒見ててやったんだ。おかげでこっちゃ身も心もボッロボロ。ボランティアにも限界って奴があるんだぜ」

 

直江と長秀が何かで絡むたびに「なんか新鮮」って思うのなんででしょうか。

長秀の言い分には「そりゃそうだ」って感じでうなずいてしまうんですが、最後まで読んでからの再読だと、長秀のいい奴ぶりを知ってるので、よりいっそう気の毒に感じます。直江って晴家には優しいし色部さんにも礼を尽くしてるけど、長秀には結構フラットというか。時にもうちょっと情けみたいなものを…って思うんですけど。

(そして、こんなそんなでやりあってるけど、最後の会話は「ばか、ついてくよ」っていう長秀…)

四国編では、この戦闘のあと、車で高耶さんと直江が抱き合うシーンも好きです。

 

感想

印象に残ったシーンにはあげなかったけど、高耶さん上杉景虎カミングアウト&演説。直江と電話したときのテレフォン×××。やきごて当てられたあと回復しないうちの×××。それから車内での「そんなに強くならないで」のシーン。

なんかじわっと心に残るシーンが多い巻でした。

あっあとあとがきで判明した兵頭さんの身長は182センチ。直江が187、高耶さんが178でしたっけ。みんな大きい…

 

 こういう身長設定とか地味に好きです。高耶さんは長身なのも(もうイメージついちゃってるので)好きなんですが、今いちばん絶妙に萌えるのが、あの加瀬さんが小柄ってことです。

再読が終わったころに昭和編の新刊が出るんだなー

 


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